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看護大学学院生活 パート2

こんにちは島ナースです
先日、紹介した看護大学生活についてもう1人の看護師さんHさんを紹介します

「はいたーい。ぐすーよ、ちゅーうがなびら。わんや看護師のHやいびーん。
ちゅうや大学院じ、ならたぬくとぅう、し、いかぬやぁんち、うむとーびぃぐとぅ、
ゆたしくうにげーさびら。」
久米島に来て6年目。方言も少し分かるようになってきました。久米島には字が33あり、各字によって方言や文化が異なるという特徴があります。島の人は同じ言葉でもアクセントなどでどこの字の人か分かるようで、凄いなーと思いつつ、方言を勉強中です。
 改めまして、こんにちは。看護師のHと申します。今回、「私と大学院」というテーマで原稿依頼がありましたので、簡単に書かせてもらいます。
私が久米島に来たのはダイビングがきっかけで、海の中はマクロ、ワイド、そしてダイナミックな地形とダイバーにとって魅力的な海でした。ちょうどその頃、私は救急領域でフライトナースとして働いており、上空から見る離島は周囲をキレイな海に囲まれ、思わず見入ってしまう事もありましたが、島の生活はどのようなものなのか興味を抱いていました。また幼少の頃からマザーテレサを尊敬し、看護師を志し、そして発展途上国で役に立ちたいと国際看護師を目指していましたが、気付けば久米島で働いていました(笑)。しかし「住めば都」。久米島の生活で困っている事は特にありませんが、やはり心身共に健康であることは離島生活において最も大事だと思っています。
そして私が大学院進学を目指した理由の一つは、久米島に来て島の人から「定年後は自分の生まれ島で過ごそうと思って島に帰ってきた」、「やっぱり自分の島がいい」、など島への愛着を感じる人達と多く出会ってきました。そして島の人から新鮮な野菜をいただいたり、旬な島食材を使った食事をご馳走になったり・・・と食に関する実例をあげましたが(笑)、食以外でも島の方たちの優しさと温かさを感じていました。そこで私に出来る事を考えた時、「看護」という形で久米島に貢献したいと抱き、沖縄県立看護大学院で「島嶼(とうしょ)保健看護」を学ぼうと決意し、入学できました。3年間にわたる仕事と学業の両立は、新たな事を学べる楽しさが優位に立ち、決して苦ではありませんでした。ただ授業の前に必ず課題が出され、授業後には論理的思考でのレポートが必須だったので、それが一番大変でした(笑)。いつも提出期限ギリギリになって取り組んでいた私でも修了することが出来たのは、看護部長をはじめ、職場の同僚からも多大な協力と支援があったから。そして何よりも励みになったのは、島の人達から「島のために頑張ってね」と直接エールをいただいたことです。本当に島の人達の支援に助けられ、支えられ、励まされました。次は私が皆さまに恩返しをする番だと思っています。そして自分なりの目標を抱き、それに向かって歩む人生は豊かで幸せだと私は考えます。そして私も周りも穏やかに活き活きと過ごせるように、これからも島に住み、島の良さをもっと知りながら久米島の人達がこの島で最期まで安心して穏やかに過ごせるように久米島の看護を実践していくのが私の役割です。島の人達に、「やっぱり久米島病院がいい!」と選んで貰える病院にしていきます。
大学院の修了式は久米島紬を着ました。入学した時から修了式は紬を着る!と決めていたので、紬を着ることは大学院3年間の自分へのご褒美でもあったし、久米島がいっぱい詰まった紬を着ての修了式は感無量でした。
久米島は今、梅雨真っ只中で、湿気MAXのジメジメ不快日が続いています。そんな中でも、5月は久米島ホタルが見れたり、島内にテッポウユリが咲いていたり、自然の癒しがあります。また4月~5月がピークの天然モズク取りも毎年楽しみにしているのですが、今年は例年より涼しかったせいか不作でした。と、このように季節に応じた自然の楽しみ方は島ならではの贅沢です。
まだまだコロナ禍ですが、島の自然に癒され、ささやかな幸せや楽しみを大事に前向きに暮らしていきたいものです。

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本当に大変な学校生活&お仕事だったと思います
これからも久米島の人々のためによろしくお願いいたします
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