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久米島マラソン救護班レポート

どうも、島のスポーツドクターです。各方面より報告のあった久米島マラソン。
2008年は、病院としてもかなりの医療体制を組み対応させていただいたので、
ここで報告をさせていただきます。

先ずは、事前活動として院内はもとより、消防、役場、救護ボランティアを担う、養護教諭の人々
としっかり連携をとるために、いろんな場所に、ミーティング、事前講習会に走り回りました。

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医療班のの第一目標としては、『死亡事故を起こさない!!』とにかくこれに絞りました。
そのため、ゴール地点に本部を置き、昨年より充実したマンパワーを配置。
本部以外にも、南部医療センターより、友人の救急医O先生を予備折り返し地点に配置、
そして多数のAEDや救急車両など医療資源をコース上に配置。
病院にもマラソン傷病者専用の医師・ナースを配置し強力な布陣を敷きました。

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そして、今年はみんなでお揃いの医療班オリジナルシャツも作成し、
これがなかなか好評でした!! 一般の方々から売ってくれとの声も多数・・・
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実際当日は・・・、30度近い猛暑。
ロードレースにおいてもっとも熱中症の危険が高いのは、
急激な温度・湿度の上昇、今回は、まさにその条件にはまった最悪のコンディション。
フルマラソンがスタートして1時間くらい経過し、気温もぐんぐん上がり、
一人、また一人と傷病者が運ばれてき始めました。
ハーフマラソン参加者がゴールし始めるころ、救護テントの忙しさはピークをむかえ、
その数の多さに、救護班も倒れそうでした。

RIMG0072.jpg RIMG0073.jpg 久米島マラソン2008 008


傷病者の大多数は、熱疲労・熱痙攣で、中には最重症の熱射病になっている方もいて、
救急車は、大会本部と病院とをまさにピストン輸送状態でした。

幸い、医療救護班の事前の準備、迅速な対応が功を奏し、
当初の目標であった『死亡事故を起こさない!!』は見事に達成され、
無事大会を終えることができました。
本音を言えば、ただでさえ医療資源の少ない久米島での、
この時期のこの規模のマラソン大会は、人為的集団災害そのもので、
救護班にはかなりのストレスでした。本当に重大事故が起こらなくて、良かったです。
大会実行委員会にも、開催時期、医療救護の更なる充実を訴えるつもりです。

大会本部救護班、折り返し地点の救護班、病院救護班、
各ステーションの、消防、役場保健師さんたち、養護教員の方々・・・他の医療ボランティアの方々、
この大会が今年も無事終えることができたのは、皆様のおかげ以外何者でもありません。
本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

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うれしかったこと

島の小児科医IJです。
Z先生が詳細なレース報告をしてくれたので、こちらでは簡単に済ませますね。 マラソン1


僕は2回目のフルマラソン。前回は今年2月の沖縄マラソンでした。沖縄マラソンがアップダウンの厳しいコースだと知ったのは申し込んだ後でしたが、5時間43分での完走でした。

沖縄に来てから気軽にできるスポーツとしてジョギングを楽しんでいます。久米島でもマラソン大会があると知り、それに向けて調整してきました。久米島マラソンはアップダウンがあまりない、走りやすいコースとして知られているようです。

ならば!何とか5時間以内で走り切りたいという目標を立てましたが、、、、当日の暑さに体力を奪われ、こむらがえりしそうな筋肉にエアーサロンパスを吹き付けて何とか完走。終わってみたら、5時間12分でした。

普段から、1時間10キロのペースでゆっくり走っているので、短純計算では4時間で40キロ走れるはず、、まあさすがにそれは無理としても、5時間以内で走り切りたいものです。

沿道の応援には大変助けてもらいました。「歩きたいけど歩けない、、、」状況で、大岳小学校の先生からは横断幕まで作っていただき、、、。涙が出るほどうれしかったです。レース後、いただいたので外来に飾っています。
外来旗1 外来旗2

久米島マラソン2008

先日10/26に久米島での秋の最大のイベント、第20回久米島マラソンが行われました。
"FUN RUN ! 楽しく走ろう!!" をテーマに老若男女問わず、島内、県内外からたくさんの方たちがフルマラソン、ハーフマラソン、10Km、5Kmと各部門に参加していました。
今回は20回記念大会ということで例年よりエントリーも多かったとか。

病院からも医師、看護師、技師さんをはじめたくさんの職員が
・ランナーとして競技に参加する人、
・(島のスポーツドクターY先生を筆頭とする)医療救護班として競技をサポートする人、
・病院で普通の救急患者も見つつマラソンの傷病者をみる最後の砦として働いている人
に分かれ大会に参加しました。

競技に参加する人はみなそれぞれに仕事終わり、休日にこっそり練習していたみたいです。

僕もランナーとして参加したのでどたばた奮闘記?を書きたいと思います。

2年くらい前からマラソンに年一回は周りのみんなとでてはいるんですが、特段、マラソンが好きというわけではないいけど、今年から久米島で生活し始めて、せっかく島にいるんだし島であるイベントに参加することも島生活をエンジョイするために出ようと思い、フルマラソン走りきったこともあるし制限時間は7時間もあるし出るからにはフルマラソンでしょう。
という勢いと、意地と、変な自信でエントリーしたはいいものの仕事の忙しさと疲れと家庭を言い訳に練習は3ヶ月くらい前から週に1,2回3-5Kmを走るくらいしかできなかった(しなかった?)不安はありつつも折り返し(23Km)くらいまで走って後半はゆっくり歩いてくれば7時間かければ大丈夫だろうという何の根拠もない話を周りしながら当日へ。

種目によりスタート時間が違いフルマラソンは7:30スタートとのことで1時間前には会場へ着くように5:30頃起きて準備開始。
帰りのことも考え会場にはタクシーで行こうと6時過ぎにいざタクシーを呼ぼうとタクシー会社へ電話をかけたが・・・
何回鳴らしても一向につながらない・・・
別のタクシー会社にかけてもやはりつながらない・・・
当然、僕と同じような考えの人がいっぱいいるんでしょう。島中のタクシーが出払っていたんでしょう。何回かけてもつながらず結局自分の車で行くことになり・・・途中忘れ物に気付いて引き返すなどあり会場に着いたのは6:30過ぎてみんなすでにわいわいやっておりました。
しょっぱなから不安だらけのスタートです。

十月になり朝夕の暑さは和らいできたといえども沖縄はまだまだ暑いんです。今年は特に10月にはいってからも晴天で暑い日が続いており当日も予想通りの晴天。予想最高気温は28℃くらいまであがるでしょうとのこと。雲ひとつない青空がランナーそして医療班の不安をあおります。
スタート前から十分水分を取ってスタートしてください、走っているときもこまめに水分補給してくださいと放送していました。

いそいで着替えて準備運動をしていると開会式やるので集合!!とのアナウンス。
楽天イーグルスのスタジアムDJのさわやかな司会の下、大会委員長挨拶、招待選手(北京オリンピックマラソンイギリス代表で6位入賞したMara Yamauchi (マーラ・ヤマウチ)さん)の挨拶があり。

7:30 いよいよフルマラソンスタート!!!
折り返しまでは10Kmを90-100分で走れば十分だろうと考えスタートしました。
しかし、人の波についていったら意外と前のほうからスタートしていました。  
前のほうはもちろん上位選手。マラソン常連者たち。そんな人たちの波に巻き込まれ・・・
一緒に走ったI先生とも「みんなペース早いよね」なんていいながらも走り始めました。
当然前のペースなど関係なく自分のペースで走ればいいんだけど周りのペースに合わせてしまう悪い癖が早くもでて3Kmすぎくらいまで3-4時間で走りきるペースで走ってしまっていました。
あわててペースを落としたもののいきなりペースを落とせるわけもなくI先生をおいて10Kmを60分強で走るペースで序盤を走り始めました。

序盤10Kmは海を見ながらのコース、多少の坂はあるものの比較的平坦で眺めもいいのですが、まだ8時過ぎだというのに徐々に高くなる日が容赦なく照らしつけてきます。先が思いやられる日差しでした。周りの景色などすでに見る余裕なくなり飛ばし続けた足はすでに半分くらいとまりかけていました。
とりあえず10Kmまではと必死に走り続けましたが、10Km過ぎに登場するのがこのコースで一番の山道の上り下り。普段からもこの坂を歩くときついだろうなと思いながら車で通っていましたがいざ走って上るとなり坂の入り口にたどり着くと先がみえない登りが待ち構えていました。
この時点で身も心もくじけた僕は救護班の先生の「明日以降の仕事もあるから無理するなよ」のスタート前の言葉を思い出し、走るのをやめ歩くことにしました。
ハーフの制限時間をクリアしないと意味もないなと変な意地はありとりあえずハーフまではと歩き出しました。後ろからマイペースで走ってきたI先生にも追い抜かれ、坂(山?)を登りきり降りるときは少し軽く走るという感じでやり過ごしました。
山のあとは僕らが普段生活している集落の中を走るコースで顔見知りの方々も沿道から応援があるのですがすでに限界で歩いている僕は沿道のがんばれ、走れ、の声援を受けても笑顔で答えるのが精一杯で走り出す元気はないので声援が多少痛かったのですが、皆が差し出してくれる黒糖、バナナなどの糖分や気持ちの元気は貰いました。

途中、途中の給水所、救護所の救護班はもちろん知り合いなので救護所寄ってはもう無理とぼやきながらハーフまではと送り出されて歩き続けました。

集落を過ぎると空港までの平坦な道が続きます。ここも普段は車で通っていてあまり何とも思っていなかったんですが、いざ歩いてみるとずーっと先まで平坦でおまけに太陽は高くなり気温は上がるのに日陰が全くなくつらい道でした。しかも、このあたりから右足に靴擦れを起こし始め足の痛みが倍増してきました。
この道の途中にハーフの折り返しがあったんですが僕が通過する頃には1時間半後にスタートしたハーフのトップが折り返しますので注意してくださいと後ろのほうから聞こえてきました。その後にフルのトップの選手は折り返してきてすれ違いました。トップの選手はまだ余裕ありそうな力強い走りをしていました。その後も折り返してきたトップ集団の選手とすれ違い、がんばれと声をかけていきました。歩いている僕のほうががんばれよっていう感じだったでしょうね。

ようやく空港の角を曲がりミーフガーと呼ばれる観光名所が折り返し地点なんですが空港からミーフガーまでは延々と続くほぼ平坦な直線が5Km程続きます。海岸沿いなんで見晴らしはよく車でドライブ、マラソンしてなくて歩くのは気持ちいいんだろうな。
なんて、思いつつも、先は見えるけど終わりは見えない道をだいぶ後方なんで人もばらけてさびしい中を歩きます。しかも、時刻は10時近くで太陽もだいぶ上のほうにきており気温もさらに上昇、日陰は全くなく、暑さと足の痛さと孤独と戦いながら歩き続けました。
折り返しを過ぎ戻ってくる人たちも増えてきてずーっと先に行っていたI先生や知ってる人も知らない人もお互いがんばれと声を掛け合い元気をもらいつつ途中で中間地点を過ぎなんとか3時間かけて折り返しまでたどり着きました。折り返し地点は地域の方が花を植えておりきれいでしたよ。疲れた心と体は癒されました。

とりあえずの目標達成でもういいかな。と思いましたがせっかくハーフまで来れたんだしまだ時間もあるし自分からリタイアするのは悔しいというまたもや意地と、次の制限時間のある35Kmまで行ってみて間に合わなかったらしょうがないなという何の根拠もない言い訳を胸に足は動き出しました。

折り返してまた、延々と続く平坦な道を戻るんですが、僕より後にも折り返しに向かうランナーはそれなりにいてお年寄りの方も自分のペースでしっかり走り続けているのをみて感心、応援しながら自分はひたすら歩き続けました。
一度来た道でもあるので必死ではあるんですが先がどうなっているかは予想できるんで歩くペースを考えられる余裕は少しあり、1Km12分刻みで歩くぞという今更ながらのやる気も出てきて時計と1Kmごとの看板とにらめっこしながら一応1Km10-12分を保ちつつ復路を歩き続けました。

太陽も気温もどんどん高くなり、相変わらず日陰のないコースをあるきつつ、沿道の応援、給水所では必死に水分・糖分補給、救護所ではサロンパスを両足に必死にかけ歩き続けました。
右足の靴擦れはどんどん悪化、さらに左足にも靴擦れが出現し足の痛みはひどくなるばかりです。

復路は来た道を帰りますがだいぶ後方を歩いていて、制限時間に間に合うかなという時間に各地点を通るんで各地点の救護班はまだ間に合うからがんばれと背中を押して送り出してくれたり、そろそろ帰り支度しようかなってな感じになっていたりとお互い大変なんだろうなと思いましたが応援もあるしがんばろうと思いました。

そんな皆の応援のおかげか35Kmも制限時間内に通過することができました。
通過できたもんだからあとの制限時間はゴールだけなってしまいました。自分からはリタイアしないなんていう目標立てたもんだからもうゴールまで行くしかなくなっちゃいました。さあ、後7Kmがんばりましょう。

復路ももちろん山越えはあるのはわかってますのでそれも考え歩いていましたが、もうすぐ山のふもとに差し掛かるのでちょっと気合いて行こうとしていた37Km過ぎ、突然左のふくらはぎがぴきーっといって足がつってしまいました。ちょうど救護所の目の前だったのですぐ駆け込み足を伸ばしてもらいました。
やっぱりここでも自分からはリタイアしたくないという意地がありなんとか山越えに取り掛かりました。なるべく足に負担をかけないようにゆっくりゆっくり歩き何度も足をつりそうになりながらついに登りきりました。後は下って4Kmくらいと思っていたが坂を下りるほうが足には負担がかかりきついきつい。足を引きずりようやく最後の平坦な3Kmくらいにとりかかろうとする頃にはスタートから6時間が過ぎていました。まあ、大丈夫だろうとは思えるようになりましたがやはりゴールするまでは歩き続けなければいけないつらさはあり太陽は少し落ちてきたとはいえ暑さは変わらず、その頃にはゴールして家路に帰る人たちともすれ違い・・・
何ともいえない感じはありましたが、おんなじペースで歩いている人もいるんでその人たちを見失わないようにと最後の一踏ん張り。
あと40Kmを過ぎたあたりで残り50分くらいで本部救護班にいたA先生から電話でどうなっているか確認。なんとか、ゴールできそうですと報告し、再び歩き出す。

やっとゴール会場が見えた頃は制限時間残り30分くらい。
会場周囲ではゴールした人たちからの応援もあり盛り上がっていました。
会場の門を通り抜けてあとはゴールまで100m・・・周りからは最後の一踏ん張りで走ってゴールしろと競馬で最後の直線の鞭のような声援がありましたが、30Km近く歩き続けてきた足は限界を超えており踏ん張るだけで左ふくらはぎはつるんですよ。となきながらゴール!!!
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6時間36分の長い長い散歩は終わりを迎えることができました。

一緒に完走したI先生、K先生と記念写真。
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終了後、体力的には大丈夫ではあったんですが救護班で休んでいけといわれ、点滴までして今回のマラソンは終了です。(本当は輸液があまっているんで使いきりたいからってことみたいですけどね)
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走った皆さん、救護班の皆さん、沿道で応援し続けてくれた住民の皆さんほんとうにお疲れ様でした。

完走した達成感は何ともいえませんが、このつらさはもういいと毎回思うんですがこれで3年連続でフルマラソンを完走(完歩?)してしまっています。
これを書いている4日たった今もまだ筋肉痛は残っていて歩き方はましにはなっていますがぎこちないです。来年はどうするか今はまだ考えられません。

以上、フルマラソン道中記でした。走っているコースの写真は撮る余裕なんてなかったんでつらさだけでも伝わればいいかなと思います。
今後、しっかり走りきったI先生、医療救護班などなど皆からの報告もあると思いますので楽しみにしていてください。

                                                   by ザッキー

沖縄県立中部病院への説明会

久米島マラソン走った方、Medical Staffの方本当にお疲れ様でした。
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おそらく走った方が感想書いてくれると思います。>よろしくおねがいします。


先日、沖縄県立中部病院の若手医師対象に、離島医療について話をしてきました。

マラソンの打ち上げで二日酔いだったため、飛行機に乗り遅れそうになり、しかもパソコン忘れていることに気づき撃沈。(USBにデータ入れておいて良かった~)

中部病院へ行く前に、県立看護大学で開催された前・WHO西太平洋地域事務局長の尾身茂先生の講演会を聴きにいきました。尾身先生のオーラがすごくてとても刺激になりました。自治医大卒業だそうです。
一番の功績は西太平洋地域のポリオを撲滅したことです。すごいと思いませんか!?さらにSARS問題、鳥インフルエンザ問題でも陣頭指揮を執られました。同じ日本人として本当に誇りに思いました。

先生の紹介のときに座長が『WHO西大西洋』と間違えていたことは残念でした。さっきから東南アジアの話しているのに・・・。


さて講演会が終わり予定より5分遅刻で中部病院へ。
中部病院では約10名くらい初期研修医が集まってくれていて、さらに自分の同期の先生も応援しに来てくれていました。スライドを流して今久米島病院が熱い!!とひたすらアピールしてきました。
中でも、夏に実習に来た琉大生のコメントを紹介できたのがうれしかったので、ここでも紹介します。

『離島であるかどうかにかかわらず、大事なのはそこで働いている「人」だと思った。モチベーションが高く、やる気のある医師が久米島には多く、非常に良い経験になった』
『将来自分がどのように働くかを考え直す機会になった。』
『プライマリケアを目的としている人はもちろんの事、普通の人でもここで働いている人達の意気込み、考え方に触れるだけでモチベーションは必ず高くなると思います』

久米島病院では医師も看護師もコメディカルも、みんな頑張っています。ここでとても良い経験させてもらっていると思っています。

PA270068_convert_20081029225031.jpg  PA270075_convert_20081029225143.jpg  打ち上げの飲み会では色々な話ができました。 
沖縄全体の医療の幸せを願う。結局はこういうことでした。



昨日は交通事故があり、複数名の患者さん対応で朝からてんてこ舞でした。
いろいろ考えさせられました。病院として集団災害にどう取り組むか、まだまだ議論の余地がありそうです。

Jake

久米島の夕暮れ

ここのところ、いい天気が続いています。日中の日差しはまだまだ強く、今週末の久米島マラソンで脱水症患者が多数発生しないかと、今から関係者一同気をもんでいます。

昨日の夕方、仕事帰りにあまりにも空がきれいだったので、車で島内一周ドライブしながら写真を撮りまくってきました。

比屋定バンタからは、粟国島、渡名喜島、渡嘉敷島が全部くっきり見渡せました。
比屋定バンタ1

ミーフガーでの夕暮れはこんな感じでした。
ミーフガー夕焼け1

これなら夜は星空がきれいなはず!いよいよ天体撮影初挑戦かな!!と意気込みましたが、夜は疲れて『風のガーデン』を見た後に寝てしまいました。星空の写真は、「雲がかかってないこと」「月がでていないこと」という条件が必要で、それだけでも条件が揃う日は少ないのですが、さらに「撮影者の元気」も加わるともっと厳しいですねToT;